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大阪高等裁判所 平成9年(ラ)471号 決定

抗告人(原審債務者 転貸人) X興産株式会社

代表者代表取締役 A

代理人弁護士 中島馨

同 播磨政明

相手方(原審債権者 根抵当権者) 住銀保証株式会社

代表者代表取締役 B

代理人弁護士 森真二

主文

一  原債権差押命令を取り消す。

二  相手方の本件債権差押命令申立てを却下する。

三  本件手続費用は、原審及び当審とも相手方の負担とする。

理由

第一本件執行抗告の趣旨及び理由

別紙執行抗告状、抗告理由補充書、意見書に対する反論及び意見書(補充書)に対する再反論(各写し)〈省略〉のとおり。

第二本件執行抗告に対する相手方の答弁及び反論

別紙執行抗告に対する意見書及び執行抗告に対する意見書(補充書)(各写し)〈省略〉のとおり。

第三当裁判所の判断

1  事案の概要

一件記録によると、本件事案の概要は次のとおりである。

(1)  相手方(原審債権者・根抵当権者)は、原債権差押命令添付別紙物件目録〈省略〉の建物(以下「本件建物」という)の所有者A外六名(根抵当権上の債務者A及び同Cの共同相続人)に対し、後記2(2)、(6)の求償債権(本件求償債権)を有している。本件建物の所有者A外六名は、抗告人(原審債務者・転貸人)に対し、本件建物を賃貸している。抗告人(原審債務者・転貸人)は、原審第三債務者(転借人)に対し、本件建物を転貸している。

(2)  そして、本件は、本件求償債権について根抵当権を有する相手方(原審債権者・根抵当権者・求償債権者)が、その根抵当権の物上代位権の行使として、抗告人(原審債務者・転貸人)の第三債務者(転借人)に対する本件建物の賃料(転貸料)債権の差押命令を申し立てた事案である。原審は、相手方(原審債権者・根抵当権者・求償債権者)の上記申立てを認容した。

2  事実認定

一件記録によると、次のとおり認めることができる。

(1)  C及びAは、Cの所有する吹田市〈以下省略〉の土地(以下「本件土地」という)上に建物を建築することを計画した。その建築資金総額一三億二〇〇〇万円は、本件建物完成後に入居者から支払われる保証金七〇〇〇万円を充てる外は、株式会社住友銀行(以下「住友銀行」という)からの借入金(C及びAが連帯債務者)を充てることにした。債務者両名は、上記借入金につき、相手方に対し、保証委託したものである。

(2)  住友銀行梅田支店は、C及びAを連帯債務者として、①昭和六二年二月二五日五億円、②同年八月三一日三億円、③同年一一月三〇日四億五〇〇〇万円、合計一二億五〇〇〇万円の貸付をした。

相手方は、債務者C及び同Aとの保証委託契約に基づき、債務者らに対する本件求償債権を担保するため、本件土地につき昭和六二年二月二六日付で根抵当権の設定を受けた。

また、相手方は、本件建物完成後に、本件求償債権を担保するため、本件建物に昭和六三年九月九日付で根抵当権の設定を受けた。

(3)  抗告人は、昭和六二年三月一〇日、不動産の売買、賃貸借、仲介、管理の業務を目的として設立された資本金五〇〇万円の株式会社である。抗告人(会社)は、Cが当時建築中であった本件建物につき、建築主のCから一棟全体を賃借し、これを他に転貸するために設立された(もっとも、C死亡後の平成六年四月ころからは、Cの相続財産に属する他の建物についても賃借している)。

設立当時の抗告人の代表取締役は、Cの子であるAが公務員であったため、妻Dが就任した。そして、Aが退職した直後の昭和六二年一二月三〇日、Dに代わり、Aが代表取締役に就任した。

Cらが、抗告人を設立し、抗告人を経由する形態で第三者に転貸することは、その設立前の段階から、住友銀行においても把握し了承していた。このため、本件建物についての、後記敷金や賃料の支払は、すべて第三債務者から抗告人の住友銀行梅田支店口座宛に一旦振り込まれ、その後に抗告人からCの同支店口座宛に振り込まれている。そして、Cは、上記賃料等を資金として、同口座から住友銀行宛に振込送金することにより、借入金の返済をしていた(なお、Cが平成四年一月二二日に死亡した後は、借入金の連帯債務者であり相続人の一人でもあるAが代表して、抗告人から賃料の支払を受けて、住友銀行に対する借入金の返済をしていた)。

(4)  抗告人は、建設請負会社であった東急建設の引き合わせで第三債務者を紹介され、第三債務者に一棟全体を転貸することになった。

本件建物完成前の昭和六二年七月三一日に、Cから抗告人に対する原賃貸借契約、抗告人から第三債務者に対する転貸借契約がそれぞれ成立した(同日第三債務者から抗告人に対して敷金の一部が支払われた)。

本件建物は昭和六三年五月三一日に新築され、同年六月七日に表示登記、同月一六日所有権保存登記がされた。

なお、昭和六三年六月一日、本件建物につき、Cから抗告人に対する原賃貸借契約に基づく引渡と抗告人から第三債務者に対する転貸借契約に基づく引渡が行われた(同年五月三一日第三債務者から抗告人に対し敷金残額と前払賃料が支払われた)。

(5)  Cは、自己資金及び抗告人からの賃料収入により昭和六三年四月七日を第一回として住友銀行に返済を始めた。しかし、ローンの返済が賃料収入を上回っていた。このため、Cは、株式会社三菱銀行から新たに二億五〇〇〇万円の借入れをして、住友銀行に昭和六三年一〇月七日同金額の返済をした。同返済と原賃料増額により、賃料収入がローンの返済を上回るようになった。

Cは、死亡当時(平成四年一月二二日)は、抗告人から月額六六九万五〇〇〇円の賃料収入を得て、住友銀行に対し、月額五七六万八四五八円のローン返済をしていた。C死亡後も、相続人を代表してAが、平成四年八月まで、抗告人から賃料の振り込みを受けて、住友銀行に返済していた。その後も、Aは、住友銀行の要請に応じて、一部の返済をしていたが、返済が滞るようになっていった。

(6)  相手方は、本件保証委託契約に基づき、平成七年三月二〇日、住友銀行に対する保証債務の履行をして、本件求償債権を取得した。

3  当裁判所の判断

(1)  抵当権の目的不動産(以下「抵当不動産」という)が賃貸された場合においては、抵当権者は、民法三七二条、三〇四条の規定の趣旨に従い、抵当不動産の賃料債権について、抵当権を行使することができる(最判平元・一〇・二七民集四三巻九号一〇七〇頁参照)。

しかし、抵当権者は、特段の事情がない限り、転貸料債権に対し、物上代位することができないと考える。その理由は次のとおりである。

イ 賃料に対する物上代位の法的性格

抵当不動産の所有者(すなわち、抵当権設定者及び第三取得者、以下「抵当不動産所有者」という)は、目的不動産所有権の交換価値的部分を、抵当権の被担保債務(以下「抵当債務」という)の強制的な弁済に供している。その上、履行期到来後は、同不動産の賃料債権(法定果実)についても、物上代位により抵当債務の弁済に充てられることを受忍すべき法的地位にある(以下、抵当不動産所有者の上記法的地位の内容を、「抵当債務の負担」という)。なお、抵当不動産所有者の有する賃料債権が物上代位の対象となるか否かは、賃貸借契約の対抗要件具備と抵当権設定登記の各時期の前後関係を問わない(前掲最判参照)。これは、抵当不動産所有者が、もともと抵当債務の負担をしているからである。

これに対し、抵当不動産の原賃借人は、抵当権者に対し、法的な義務として、抵当債務の弁済を強いられたり、転貸料債権を抵当債務の弁済に充てられるべき法的地位にあるものとはいえない。なぜならば、抵当不動産の原賃借人は、抵当不動産所有者と賃貸借契約を締結し、対価(賃料)を支払って目的不動産を使用収益する者に過ぎず、抵当権者に対し契約関係に立つ者ではないからである。

そうであるから、抵当権者が、抵当不動産の原賃借人(転貸人)の有する賃料債権(転貸料債権)に対して物上代位することを認めるべき根拠がない。

ロ 民法三七二条、三〇四条一項本文の解釈

抵当権につき、民法三七二条が準用している同法三〇四条一項本文は「先取特権ハ其目的物ノ売却、賃貸、滅失又ハ毀損ニ因リテ債務者カ受クヘキ金銭其他ノ物ニ対シテモ之ヲ行フコトヲ得」と規定している。民法三〇四条一項本文における「債務者」を、抵当権に準用する場合には、「所有者」と読み替えるべきである。なぜならば、民法三〇四条一項本文において、物上代位の対象となる請求権の帰属者が「債務者」と規定されているのは、先取特権が、債務者の財産に対して行われるものであり、先取特権の目的物の所有者は債務者にほかならないからである(大判明四〇・三・一二民録一三・二六五参照)。これは、不動産賃貸の先取特権の賃借権譲渡、転貸の場合に関する民法三一四条によっても窺知できる。

したがって、民法三七二条により、抵当権に同法三〇四条一項本文を準用する場合には、「債務者」とは、抵当権の目的不動産の所有者を指す(前掲大判参照)。なお、同判例には、「抵当権ノ目的タル不動産上ノ権利者」なる用語が用いられている。しかし、これは、抵当不動産の第三取得者に対する物上代位の事案に関する判決であることや、判文中の上記用語の使用方法からして、「抵当権ノ目的タル不動産上ノ権利者」が、抵当不動産所有者を意味することは明らかである(前掲大判は、「抵当権ノ目的タル不動産上ノ権利者」として、債務者が自己所有の不動産に抵当権を設定した場合、債務者以外の者がその所有にかかる不動産に抵当権を設定した場合、その他の場合の三類型を掲記している。これらは、上記記載の順に、債務者と設定者が同一人の場合、物上保証人の場合、第三取得者の場合にそれぞれ該当する)。

したがって、上記条項からみても、抵当不動産の原賃借人(転貸人)の有する賃料債権(転貸料債権)に対しては、特段の事情がない限り、物上代位を認めるべき根拠がない。

以上のとおり、抵当権者は、特段の事情がない限り、転貸料債権に対し、物上代位することができない。

しかし、原賃貸借契約ないし転貸借契約に執行妨害目的又は債権回収目的があり、原賃借人(転貸人)の転貸料債権を、抵当不動産所有者(原賃貸人)の原賃料債権と同視すべき特段の事情がある場合には、転貸料債権が実質的に原賃料債権に当るから、これに対して物上代位することができる。

(2)  本件は、相手方が、抗告人の有する転貸料債権の物上代位による差押を求めた事案である。そうであるから、相手方は、上記特段の事情、すなわち、原賃貸借契約ないし転貸借契約に執行妨害目的又は債権回収目的があり、転貸料債権と原賃料債権を同視できる事由を明らかにしなければならない。

しかし、前示2の認定事実のとおり、抗告人がCから本件建物を賃借し、第三債務者に対して転貸したのは、住友銀行が本件貸付をし、相手方がこれを保証した当時のことである。確かに、抗告人は、その当時本件建物を一棟借りし、これを第三者に対して転貸することを念頭において設立されたものではある。そうではあるが、このことは住友銀行においても、本件貸付をするに際して、既に了解済みのことであった。また、住友銀行に対する本件貸付についてのローン返済も、転借人となった第三債務者から抗告人に対して振り込まれる転貸料ではなく、抗告人からCに対して振り込まれる原賃料収入などを資金として、Cが住友銀行に対して支払ってきた。そして、このことも住友銀行において十分了解していた。

一方、抗告人からC(同人死亡後は代表者のA)に対する原賃料額が不相当に低廉な金額に設定されているものと認めるに足る資料はない。むしろ、一件記録によると、原賃貸借契約及び転貸借契約締結当時の原賃料、転貸料は適正な水準のものであったといえる。また、前示のとおり、本件貸付のローン返済に充てるため、原賃料が増額された経緯もある。

なお、その後は、転貸料は増額されているのに、原賃料が増額された形跡はない。しかし、一件記録によると、転貸料の増額は、抗告人と第三債務者との間の転貸借契約上の賃料増額の特約条項等に基づくものと認められる。そうであるから、上記事実をもって、原賃料が不相当に低廉であるとか、抗告人が不当に転貸差益を取得しているとはいえない。

そうすると、本件において、原賃貸借契約ないし転貸借契約に執行妨害目的又は債権回収目的があると認めることはできない。すなわち、本件において、転貸料債権と原賃料債権を同視できる事由が存するとはいえない。したがって、相手方が、抗告人の有する転貸料債権の物上代位による差押をする根拠がない。

(3)  相手方は、抗告人とC又は同人の共同相続人ら(所有者)との間には、同一性があると主張する。

確かに、抗告人は、その役員の殆どをC家が占める同族会社である。また、その設立の経緯を実質的観点からみると、C家が、本件建物の管理のために、税務対策上、同部門を分離したものといえなくもない。

しかし、前示のとおり、本件不動産に関する原賃料、転貸料の授受等において、抗告人が独立の法人であることを前提とした明確な会計処理がされている。また、一件記録によると、税務申告等、抗告人の会計処理全般についても、とくに個人財産との混同や、不当な処理が行われているとは認められない。

そうであるとすると、上記実質的観点を考慮しても、抗告人と、C又は同人の共同相続人らとの間で、法的意味での同一性があるということはできない。したがって、抗告人の上記主張は理由がない。

また、相手方は、抗告人に対して、法人格否認の法理の適用を主張する。しかし、本件において、抗告人の法人格が全くの形骸にすぎないとか、または法人格が法律の適用を回避するために濫用されるというような場合であることを認めるに足る的確な資料がない。

したがって、抗告人の上記主張は理由がない。

(4)  相手方は、C及びAとの間に、本件建物の賃料収入すべて及び他の所有する賃貸物件からの賃料収入を本件貸付の返済に充てるとの合意が成立したと主張する。

しかし、相手方の上記主張を認めるに足る的確な証拠がない。

相手方は、本件貸付当時に、C及びAが住友銀行担当者に対して行った収支予測や返済予定額等の説明や、両者間の調整作業からみて、上記主張の合意が成立したとも主張する。しかし、これらは融資を受ける者が、貸主に対して明らかにした返済計画予定の内容にすぎない。これをもって、相手方主張の上記合意が成立したとはいえない。

したがって、相手方の上記主張は理由がない。

(5)  相手方は、本件貸付の経緯や、抗告人の設立の経緯等からすると、本件転貸料債権に物上代位による差押を認めないのは信義則に反すると主張する。

しかし、転貸料債権に対する物上代位による差押が認められるのは、前示(1)の特段の事情がある場合に限られる。ところが、前示(2)のとおり、本件では、上記特段の事情を認めることができない。そうであるから、転貸料債権に対する物上代位による差押は認められない。

相手方は、信義則違反をいうが、原賃料債権と転貸料債権とを同視するに足る特段の事情が存在しない以上、物上代位を認めることはできない。

なお、前示認定事実のとおり、住友銀行担当者は、本件貸付の当時、抗告人が設立されることや、その設立目的を知り、これを了解していた。また、住友銀行担当者は、住友銀行が本件貸付の返済を受けるのは、転貸借契約ではなく、原賃貸借契約に基づいて原賃料が振り込まれるC(その後A)の口座からであることも了解していた。さらに、抗告人のC(その後A)に対する賃料額が、不相当に低廉であるとはいえない。そうであるから、本件において、転貸料債権に対する物上代位による差押を認めないことが、信義則に反する事態を招来するということもできない。

したがって、相手方の上記主張は理由がない。

第四まとめ

以上のとおり、相手方の物上代位に基づく本件債権差押命令の申立ては理由がない。

第五結論

よって、原決定を取り消し、相手方の本件債権差押命令申立てを却下し、本件手続費用は、原審及び当審とも相手方の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 杉江佳治)

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